IE9ピン留め
琴平から土佐絵金
 大震災から逃げるように(本当はもっと前から予定)出かけウイーンから戻った週末、雪の残る三国峠を越え苗場に車を走らせた。かなり揺れたと管理事務所から連絡があったので、部屋の様子を見るのが第一だったが、雪融けの中から蕗の薹を掘り出す楽しみもあった。幸い地震の影響もなく一安心して、例年より雪の多いゲレンデ周りを歩くことにした。
 
 春一番に顔を覗かせる、この時期の蕗の薹は香が強く、てんぷらにするのが最高だ。何年か前に凍った残雪に足を滑らせ、顔に大怪我をした妻の大事件を思い出しながら、慎重に足を運ばせ、妻の分を採取した。

 翌週末は、高松行きの飛行機のシートに妻と並んで座っていた。今年は娘が関わっている金比羅大歌舞伎を観るためで、心躍る四国琴平への旅だ。
 日本最古の芝居小屋「金丸座」での歌舞伎に、いつかは出かけようと思いながらはたせないでいたのだが、
娘にチケット(木戸銭)の手配を頼み実現したのだった。


枡に仕切られた畳敷きの上に胡坐をかき、江戸時代の芝居小屋の雰囲気はかくあったのではと思いつつ 、御存知「鈴が森」白井権八(梅玉)に斬られる雲助たちに笑い、藤娘(芝雀)のあでやかな衣装に季節の風を感じ、ケレン味たっぷりの鯉つかみ(染五郎)の宙吊りに歓声をあげ、といった具合だ。

 羽田から直行でサントリー・ホールに。読響の定期演奏会、カンブルラン指揮でプロコフィエフ「ロミオとジュリエット」組曲、それに楽しみにしていたミュラノの弾くラヴェル「ピアノ協奏曲」。何れも記憶に残る素晴らしい演奏に拍手を送った。
震災の影響(と云うより人災ではと感じる原発からの放射線漏れ、本当は漏れどころではないのだが)で音楽界でも中止等、混乱が続いた。来日を取り止めた演奏家が多く、無理からぬ理由ではあるが、少し寂しい感じがした。
カンブルランはコンサート冒頭に、メシアンの「忘れられた捧げもの」からを弦楽合奏のみで演奏して、被災された多くの人々に追悼を捧げた。私は二度聞く機会があったが、そのつど胸にこみ上げる熱い思いと感銘を受けた。

 チェコ放送管弦楽団、日フィルのインキネンのマーラー交響曲第6番「悲劇的」、マーツァルのドヴォルザーク交響曲第8番、マーラー交響曲第5番など、楽しみにしていたのだが、いたし方がない。
ドミンゴをはじめメーターやアルゲリッチなど、日本を心から愛し心配下さるアーチストたちは、来日や国外での支援活動を通して、私たちに多くの希望と慰めを与えてくれた。
こうべを垂れて、心から感謝の気持ちが溢れてくる。
 
 5月から7月と、何度か山菜取りに出かけたが、スカンポの芽やら、こごみ、のかんぞう、そしてニワトコ、ハリキリなど放射線の影響は少なくないように思う。正確な数値ではないかも知れないが、友人が購入して計測器を使用したところ、ほとんどが公表より高い数値を示しているのはあまり良い気持ちがしない。
 すでに、多くの時間を生きてきた私達は良いとし何歩か譲ったとしても、次世代の方々、そしてこれから生まれてくる幼い子供達の健康にどんな影響が出るのかと思うと慄然とする。


 7月16、17日、これまた以前から心に掛かっていた、土佐「絵金まつり」に出かけることにした。
高知空港から程近い、香南市赤岡町で毎年行われている、小さい町の小さいお祭り。
京都の宵山が行われている同時期に、こちらは須留多八幡と云う小さな神社の宵宮。
 
 幕末の絵師広瀬金蔵略して「絵金」の二曲一隻の芝居絵屏風。この現存する二十三点を商店の店先に立て、百匁蝋燭を一本だけ灯りにしてあるのを見て回る、何とも風変わりで心惹かれる祭りなのだ。
 代表的な「鈴ヶ森」も斬られた雲助たちの手足が散らばる、おどろおどろしい血みどろの歌舞伎絵としてならび、血赤と呼ばれる独特の絵の具を使い異時同図法で描かれた役者たちが、夕闇にゆらゆらと蠢きはじめると祭りも最高潮だ。
近年、町中に絵金蔵なる美術館、そして素人歌舞伎の弁天座といった芝居小屋も出来て、いわゆる町おこしに「絵金」が一役どころか主役を務めている。
 数奇な一風変わった来歴、そしてその人生に興味は尽きないが、ちょっと苦笑している彼の顔が私には見えるような気がした。
# by cantare-so | 2011-08-07 13:06
ハイリゲンシュタットに春到来
 モラヴィア地方のブルノを通過すると、気分は早やウイーンだ。
最近貴重な存在の食堂車で、ゆっくり昼食を摂る。メニューは2コースあり、客は少ないが、しかしひとりで働く従業員のサービスは、とても良い気分にさせてくれる。
 鉄道の旅は本当に楽しい。

 南駅の改築工事中で、列車はマイドリンクに到着。タクシー乗り場を捜すのに手間取ったが、ホテルまで15分。運転手は私を日本人と見るや「福島原発は大丈夫か?」「放射能は?」の質問。CNNにしろBBC、そしてヨーロッパ中のTVのトップニュースは日本のことばかり。「日本はストロングだから大丈夫だ!」と最後は励ましてくれる。「ありがとう!」そして「問題ない」を繰り返す私。

 しかし、被災に苦しむ日本のことを思いながら、ウィーンは春まさに到来の感。木々は芽吹き、鮮やかに花々は咲き始めている。

 明日の楽友協会(ムジーク・フェライン)のウィーン・フィルのチケットは絶対に手に入れよう。
何たって、ウエルザー・メスト指揮のリヒャルト・シュトラウス「アルプス交響曲」だから。
 プラハに比べると物価も高く、コンサートの裏ルートも格段の法外さ。それも仕方がないが、何ともリングの中は観光客で溢れている。
 数年ぶりのウィーンはやはりこれまた楽しい。

だがオーストリア料理は口に合わない。食事はどうしても行きつけた店の日本食になってしまう。
 

 結論から言うとウィーン・フィルのコンサートは、バーバーやプーランクのオルガン協奏曲、そして「アルプス交響曲」、楽友協会のオルガンも素晴らしかったが、定期会員ばかりかと思っていた会場の雰囲気は、言い方は悪いが「世界中のおのぼりさん」が多いということ。まあ、私もそうかも知れないが。
 但しウィーン・フィルは世界一のオーケストラには違いない。

 夜更けたケルントナーを歩きながら、ふと、プラハでの地元のお年寄りが足繁く通うコンサートに、真に音楽を楽しむ姿を見たような気がした。

 翌日、ウィーンを去る前日だが、トラムに乗りハイリゲンシュタットまで出かけた。いつものようにベートヴェンの小道を歩き遺書の家まで。
 麗しの春が来て、鳥啼き花は咲き、気温はぐんぐん上がって汗ばむほどだ。
クレーン車が道を塞ぎ、遺書の家は工事中。
 4月はお昼から店開けているマイヤーに入り、中庭のテーブルにつき晴天続きだった今回の旅に感謝と
、そして音楽の歓びに、ワインを満たしたグラスを上げた。

 ほろ酔い気分でエロイカガッセを辿り、もと来た道を歩きながら音楽が満ち満ちて聞こえるようだった。
 
# by cantare-so | 2011-04-12 22:52
春浅き、プラハ・ウィーン音楽三昧
 大震災後の日本に後ろ髪をひかれながら、予定していたプラハ・ウィーンにひとり出かけた。
リムジンバスが不通で、前夜成田のホテルに泊まり、お昼近いOS(オーストリア)航空に乗り込んだ。
 本来はウィーン直行が、前週は韓国仁川経由、さらに今週は北京。乗務員の放射線への恐れでの交代、と燃油・食品を積み込む都合であるらしい。

 旅立ちからちょっと面倒な嫌な予感が的中。プラハへの乗換えがウイーン空港内を15分で走り、やっとプラハ国際空港に着くと今度はロスト・バゲージ。
成田でチェックインした時に念を押したのに。遅い事務処理とイタリアからのグループに阻まれ、手続きに2時間、ホテルには着たきりすずめで深夜になってしまった。
 翌朝はホテルのフロントに航空会社への催促の電話を頼み、国立オペラ、ウィーンへの列車、スメタナ・ホールのチケット購入に出かけた。
 プラハ旧市街に予約したホテルからは、治安の悪い地下鉄に乗らず、すべて徒歩圏内なので気が楽だ。

 お昼前にムハ(ミュシャ)の美術館に立ち寄った。二回目だったのと疲れたいたのかあまりの短時間で退室、受付の兄さんから「ずい分、短い鑑賞だね」と冷やかされるが、仕方がない。全てはオーストリア航空の所為だと言っても因果関係は分からないだろうからやめた。
 スメタナ・ホールのチケットオフィスでFOKプラハ交響楽団もリザーブオーケー!ホッとしたらお腹が空いてきた。
ホール横にある、アールヌーボーの調度で雰囲気の良いレストランのランチには少し時間がある。トラムが通る広場で晴天下の日向ぼっこと周りの風景に時間を過ごした。
開店時間、客もまばらでゆっくりとチェコ・ピルスナーとアスパラと鴨料理を摂り、腹ごなしに火薬庫の塔から天文時計のある広場までウインドウ・ショッピングを楽しむことにした。


さて、バゲージは届いているのかとホテルに戻ったが、まだ届いていない。カレル橋まで出かけて時間をつぶすが、結局夕方4時になって部屋に届いたので一安心。これでドレスアップも出来ると鼻歌が出る。
 
 明日は楽しみにしていた国立オペラでドヴォルザークの「ルサルカ」だ。

 当夜席は前から3列目、美しく伝統的な装飾でヨーロッパの古きオペラハウスの雰囲気を残しているのが嬉しい。幻想的な映像を組み合わせたスタンダードな舞台装置、多くの名歌手と演出家が創り出してきた細やかな仕草のひとつひとつ、古臭くも斬新でもなく素直に感動が伝わる。ルサルカ役のパヴィア・ヴィコパローヴァは金髪も映え、声も美しく本場チェコのプリマとして申し分がない。その他の歌手たちも歌唱力と容姿を兼ね備えている。
水の精のバレリーナ達の美しさにも目を奪われた。
充実して気持ちの良いオペラに接した幸せが、いつまでも余韻をひいていた。

 プラハ到着日は「トスカ」そして、翌々日はシーズンの呼び物「ルチア」さらに「蝶々夫人」「カルメン」「ナブッコ」と名作が日替わりで楽しめるのも赤字に悩む昨今得がたい環境だ。次回は訪れるなら、もっと長逗留したい気持ちになる。
 
 さて、もうひとつはスメタナホールでのFOKプラハ交響楽団のコンサートが楽しみだ。
昼間はプラハ城への坂道を登りムハのステンドグラスを見上げ、マラーストラナ、そして天文時計のからくりにはワザとオーバーに歓声を上げ、何度もカレル橋を往復したり、スーパーや市場を見て廻り時間を過ごした。早めにビヤホールでダークビールや地ビールを飲むのも気楽だ。
歩き疲れれば雰囲気の良いカフェでのんびりするのも悪くない。



 スメタナホールで「プラハの春」のオープニング、スメタナの「わが祖国」を聞くのが長年の夢だが、彼の命日の5月12日はいつも仕事が忙しく当分実現しそうにもない。
今回はチェコ・フィルも日程上聞けないが、巨匠イルジー・コウトが振るプラハ交響楽団の「サンサーンス交響曲第三番」を楽しみにしていた。当夜スメタナホールのオルガンを使ったフルレンジサウンドは、しっかりと私の耳に響いていた。

 会場で格安のCDを買い求めた。ネトピル指揮「わが祖国」、コウト指揮「ブラームス交響曲第三番他」。

 ウィーンに移動する前日、晴天が続き気温も上がりすっかり春気分。ブルタヴァ川(モルダウ)を眺める、最高の立地にあるスメタナ博物館を訪れた。ここでも名指揮者ペシェクの「わが祖国」のCDを手に入れた。
ホテルの夜はipodでコバケンの「わが祖国」を聞き、私の頭はこの5日間、ヴィシェフラト(高い城)の冒頭のハープの旋律でいっぱいだ。

 プラハ中央駅のチャイムもこの旋律。
 五時間弱の列車の旅。車窓からプラハの町に挨拶(別れは言わない)を送り、ウイーンに向かった。


# by cantare-so | 2011-04-12 16:14
続、茸の季節
 甲斐大和まで車を走らせて、茸採りに出かけた。
いつもの林道は進入禁止。仕方がないので一時間ほど歩き源次郎岳を北から回り込みながら、黄金色の落葉松や、もみの林の中を捜した。
 手にしたい茸の収穫は乏しく、少量のアンズタケのみ袋に。この茸はフランス料理に良く使われるジロール茸。
とても良い香りが特徴だ。

 林の中の少し開けた場所に腰をおろし、バーナーに点火。
持参したインスタント・ラーメン、チーズと少量のボルドー・ワインで、静寂の秋に時間を過ごした。

 帰途、面白いお婆がいる茸売店に寄ると、めずらしくクロカワが山盛り。
土産に買い求め、私の秋の味覚は満足しそうだ。この売店には十種類ばかりの茸が並んでいた。
 地元の茸採りが毎日卸しにやって来るのだそうだが、わが庭のように山に入るこの道のプロには、とてもかなう者ではない。当たり前といえば当たり前だが。

 なんと大きな香茸もある。黄金茸、アカモミタケ、サクラシメジ、アシナガ(ナラタケ)、ウラベニ、さっき採らずに敬遠したスギタケ等も並んでいる。

 蕎麦切り発祥の地で数軒の手打ち蕎麦屋、そして武田勝頼最期の景徳院も素通りして、今日は日の暮れないうちに、さっさっと帰ることにした。
我が家で、クロカワを焼き大根おろしと醤油につけて、楽しむに勝るものはない。
# by cantare-so | 2010-10-14 22:58
茸の季節
10月に入り、妻もようやく退院して来て、二人の生活が戻ってきた。
何と言っても、顔を見合わせ話をしながらの食事は、質素でも、ともかく楽しく有難い。

 さて、雨もここ数日何回か降りそろそろ出始めたのでは思いながら、まだ本調子ではない妻を留守番にして、気分転換と足慣らしに茸採りに出かけることにした。
 狙いは昨年はまったく採れなかったウラベニホテイシメジ。
 場所は秘密。
この日は偵察も兼ねていたのだが、毒キノコのクサウラベニタケや雑茸の目立つ中から、やっと形の良いウラベニホテイシメジ3本を手にした。清流のクレソンも生育が良く、おすそ分けできる量を持ち帰ることが出来た。

 久しぶりに味わう、この茸独特の苦さに、季節到来を感じる夕餉になった。翌日はナラタケが採れたのでと、O氏からおすそわけの電話があり、かなりの大収穫で、これを煮こぼし味噌仕立ての茸汁に。
毎年私の好物を憶えていて下さることが、心から嬉しい。

 今週は山梨までハナイグチ狙いで出かけようと思っていたら、山の先輩から青森で採れたという香茸があると言うので、これまた有難く頂く事にした。
 
 地元でもなかなかお目にかからないという幻の茸。
会津地方で炊き込みご飯で食べたことがあったが、生で手にしたのは初めてだ。大振りが2本あるので、これは網焼きでと妻と話し合う。

 
 今年の岩手では松茸の大豊作と、ニュースで取り上げていたが、東京では何万円という高価な代物には変わりがないようである。
以前、尾瀬で手にしたことがあるつが松茸も、驚くような高価な値段がついていることだろう。
 
 さてこの秋、私の心残りを満たしてくれそうなのは、松茸ではなく苦い苦いクロカワの網焼きだ。
演奏会の合間の休みの日を、手帳とにらめっこしながら茸の季節を楽しむことにしよう。

 
# by cantare-so | 2010-10-10 17:17
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