宗麟の夢

戦国大名としてより、つとに名高いのはキリシタン大名としての大友宗麟だろう。
進軍する際の、先頭は音楽隊(軍楽隊)であったと伝え聞いている。
宮崎県延岡に今も残る地名「無鹿」ムジカ、音楽、つまり大友の音楽隊から来ているらしい。
宗の系図に、耳川で討ち死になど書き記してあるのは、島津と大友の合戦で、大敗した大友方だったからだ。残念ながら奮戦した有力家臣団の中に、その名はない。
その後、豊後未亡人が多数でたとの話が伝え残っている。
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滞在もあと一日、見残したものを埋めるために、臼杵まで出かける事にした。
港にはかのザビエルも船を浮かべたかと思うと、かつて訪れた事のある遠い地ヨーロッパのナバラ・ハビエル城にまで、夢と思い出が羽をつけてくれる。
宗麟が築城し、やがて稲葉氏に受け継がれた
丹生島城、城下町の名残りを残す二王座等を歩き、臼杵の磨崖仏まで足を伸ばした。
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平成になり、落ちていた首を乗せ直した大日如来像は、まことに見事だ。
緑溢れる谷に点在する石仏群に、心洗われる思いだ。
食い意地でフグは年中食べられるが、少し季節をはずしているので、鯵寿司のお昼。これは絶品。
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天候に恵まれ、見るべきものは見、感じるべきものは、感じた。
さあ、大分に戻る事にしよう。
精悍な感じの、オールブラックの車両、特急ニチリンに乗り込んだ。
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by cantare-so | 2013-05-15 10:37
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