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家族写真

 「家族写真」と云う森山良子さんの曲のバックコーラスで、宗声会としてオーチャード・ホールの舞台に立ちました。土曜、日曜にもかかわらず36名が参加して演奏をし、「とても迫力があり、感動しました!」との関係の方々からお声をかけていただきました。
 ソロ曲と云うより、合唱部分も多く、彼女と一体に演奏をした印象が強く残った。
 
 舞台では、指揮をした私との軽いトーク(彼女はお話がとても上手)と、感激のハグに、メンバーから散々冷やかされ、とても楽しい時間をもつことができました。

 出番を終え、用意された観客席にまわり、あらためて彼女「森山良子」のビッグ・アーティストとしての素晴らしさを堪能した。デビューして43年、常にトップ・シンガーとして「この広い野原いっぱい」「さとうきび畑」「涙そうそう」と聞きなれた曲だけではなく、意欲的なプログラミングで歌い続けてきたことを強く感じさせてくれるステージだ。
 いまだ澄んだ声は衰えをみせず、少し鼻にかかった歌詞の鮮明さ、洗練されたフレーズィング。
 日ごろのヴォイス・トレーニング、そしてコンディション調整管理を窺わさせてくれるに充分な歌いっぷりだった。
 たった一歳年上の彼女から、老いることの無いあふれるパワーを頂いたことに、感謝と幸せが私の中に満ちてきました。

 
 桜も葉が目立つようになり、二台ならべて駐車してある私の車は花びらだらけだ。
風流と思えば、それもそうだが現実は取り除く掃除が大変だ。
 今日は雨、それも風をともない音を立てるほどの天候だ。今週は休み無くレッスンが続く日々。
 我が家には、先月から「ネパール」のポカラの日本語学校の先生「ラクスマン・パハリ」さんが、ホームステイしている。
 三ヶ月の滞在予定だが、まじめな人柄と優しい心を持つ彼と、行く春と初夏を楽しみたいと思っている。
 彼と暮らし、人は常に希望を持ちながら、努力精進を怠らないようしなければと、あらためて私たち夫婦に感じさせてくれる時間が流れている。
 まだ富士山を見ていないという彼に、今夏のコンサート・ツアーの下見に、河口湖まで出かける日を設けなければと考えている。
 彼の家と家族がある、アンナプルナ山群が広がるフェワ湖畔の光景と、富士五湖の風景がどこかできっと繋がるだろうと想像しながら、「家族写真」の曲のメロディーを口ずさんでみている。
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by cantare-so | 2010-04-12 11:17

いまひとたびの春

 私の家に続く坂の桜が満開になり、また廻って来た春に、多くの思い出が重なる。
今年は肌寒い日ばかりで、なかなかお花見日和を迎えることが出来ない東京だ。
 そんな天候のせいにして、桜好きの私が、どうも花見を楽しめないまま散りはじめを迎えてしまった。

 先週、母の一周忌で兄弟が集まり横浜中華街で会食の機会を持ったが、冷たい風が吹き渡る一日で寒さに震えた。 
 思い返すと愛するひとを喪った直後の桜咲く昨年の四月だったが、今年はどうもその辛さを見て見ぬふりをしたい自分が、満開の桜の花の下に佇んでいるように思う。
いまひとたびの春が、どこか遠い記憶に繋がらなければ、どれほど悲しいか苦しいかを回避できるといったような感覚なのかも知れない。
 お彼岸、父と母の墓参に秩父音楽寺に出かけ、暮れなずむ武甲山に、なぜかあたたかな眼差しを感じたものの、それらを背に受けたまま振り返りたく無い自分がいた。

 四月始めの日曜日、通いつめた苗場スキー場のシーズン終いに、筍山の山頂から飛び出し、さらに大斜面にシュプールを刻んだ。前の晩、少し降雪があったせいか、去年のシーズン終いよりも雪も軽く、気分も爽快だった。
 ビラに戻り、すでに送ってあった、TANNOYのオートグラフ・ミニに真空管300B直熱のアンプがつながり、少しずつだが柔らかな音の洪水に包まれる時間が持てた。
 流れていく時間を聞き取り、またつかの間忘れ去っていく時間が、いまの私のすべてなのだろう。

 自宅では、30年使用したグランド・ピアノの共鳴板にひびが入り、あと何年弾くか分からないが、新しいピアノがレッスン室にやってきた。
 これまた、横綱クラスのウッド・ホーンのスピーカーも引退して、新たにTANNOYのレヴォリューションを設置した。 
 古いものに別れを告げ、新しいものを迎え入れるのは、何かひとつの区切りのように思える。

 週始め自宅に戻ると、こごみと芹が届いた。長いこと市民館大ホールでのコンサートではお世話になり、今年引退された、大矢氏からの春のごちそうだ。
私の山菜好きを、いつも憶えていて下さり、氏自ら採取したものを一番に頂いている。
早速、こごみの和え物、芹ごはん、おひたしが食卓にならんだ。

 今日は初物の筍が届き、明日は庭に芽吹き始めた山椒との取り合わせが楽しみだ。これに苗場の冷蔵庫に忘れてきた、雪解けの沢から採った蕗の薹の天ぷらがあれば、最高の御馳走になるのだが、忘れ物の名人と亡き母から呼ばれていた私の本領だから、あきらめるとしよう。

 これから北上していく桜前線を追いかける気が、どうも今年は起きないのがすこし情けなくも感じている春である。

 
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by cantare-so | 2010-04-06 20:09