シュパーゲル

ゴールデン・ウイークも終わりの夜、ベルリンのホテルにようやくたどり着いた。現在、ルフトハンザ航空でさえフランクフルト経由便でしか、首都ベルリンに日本から直行出来ない。

ベルリンの壁崩壊から16年、かっての東ドイツはまだ社会主義の後遺症がシステム障害を起こしているのを、翌日も街のいたる所で目にした。また失業率も深刻だと聞く。

テレビを点ければ、モスクワで対ドイツ戦勝記念60周年の祭典やら、ユダヤ人への賠償など、祝賀のニュース等は、同じ敗戦国としてアジアの問題を抱える日本人にとつて、割り切れない気持ちが強くする。

それはともかく、美味しい旬の食べ物は憂いを払い、明日の希望で心を充たしてくれる。さて、お目当てのシュパーゲルメニューを、ホテルのレストランで見つけ、大好きなヴァイツェン(白ビール)を片手に、十数本の白アスパラガスを一気にたいらげた。

この幸せを今年も味わえた事に、生きる意欲が湧いてくる。来年もブラームスのシンフォニーの主題を口ずさみながら、シュパーゲル!と注文しにやって来たい。
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# by cantare-so | 2005-05-14 11:37 | スペイン

長岡京の竹の子

竹取物語の登場する平安時代の昔から、京都の竹林は、私達日本人にとつて身近に感じる、心やすらぐ存在だ。竹と笹は同じタケ科に属しているそうで、両方とも私達の食文化に、密接に繋がっている。

時折京都に出かけ、その季節のお料理を頂くのは、まさに心躍る幸せな出会いがあり、春の筍、秋の松茸の風味は、他の場所では味わえ得ないものを感じる。

さて春になり竹の子の味を語るとき、いつも私は長岡京で食べた味覚を、基準にしていると話をする癖がある。友人から嫌味だと非難される事暫し。

しかし土の物は、その土地の匂いがあり、よく手入れされた竹林から育った、繊細な味わいは最高の品物だと思う。

「イザナギイザナミ」の神話で、黄泉の国から逃げるさい、追いかけてくる鬼女に時間稼ぎの竹の子を投げて、それをバリバリ生のままで食べる場面を思い出す。

この季節、私の口癖は「竹の子を鬼女のようにバリバリ食べたい!」が、夢にまで出てくるほどの科白になっている。
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# by cantare-so | 2005-04-28 11:39 | 和食

昔を水に写して、松鼠桂魚を食す

先週、かねてからの念願だった、中国揚州の大明寺にある鑑真記念堂を訪れる機会に恵まれました。江南の水郷をめぐり、まだ芽吹かない柳に頬を叩かれながら、呉越の昔、唐代と天平、南宋や明代に思いを馳せました。

つい先日も見たばかりの唐招提寺、鑑真御影堂の東山魁夷による障壁画、まだ目を患う前に、鑑真が見たと思われる、モノトーンによって描かれた風景を思い出し、さらに私の想像を掻き立ててくれました。

水に映す自分の姿をぼんやり見入り、拙くもうろ覚えの唐詩を思い出し、また「蘇州夜曲」や「夜来香」を口ずさみ、限られた時間を歩きました。

蘇州の酒家で出された「松鼠桂魚」に水の匂いを感じ、ゆっくり口のなかで昔を振り返り、桂魚の味を確かめました。
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# by cantare-so | 2005-03-11 11:40 | 和食

パリのビーフ・ステーキ

30年近くも前の冬になるが、初めて憧れのパリに夫婦で行き、慣れないフランス語で行き先を告げ、すっかり日の暮れたリュクサンブール公園の角で、タクシーを降りた。限られた時間で、カルチェラタンで食事をし、地下鉄でサンジェルマン・デプレ教会のアポリネールの石像を見れば、私は充分に満足だった。

さて街角の小さなレストランでメニューを開いたまでは上出来。

しかし、肝心の品書きが可愛らしく装飾した花文字で判読不能。めずらしく不安げな妻の手前、しっかり注文しなくては、と思いつつ安直に定食を頼み、勧められるままビーフ・ステーキ。出て来た肉の何と硬いこと!
ああそうだった、フランスの牛肉は確か硬いと聞いていた・・・。これは美味しいか不味いかとは違う、思い出に残るステーキになった事は間違いない。

それ以来、何度も訪れたパリでは、肉料理好きの私達夫婦にとって、ビーフステーキは特別思い入れの深い一品になっている。
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# by cantare-so | 2005-02-16 11:41 | フレンチ

ルーヴェンスとヴァン・ダイク

立派で、雰囲気があり、ヨーロッパ汽車旅行の、いかにも旅情を誘うアントウエルペンの駅舎を背にして、私の心は二つの期待で躍った。

一つはルーヴェンスの絵を見ること、もう一つは美味しい食事で、その絵の余韻に浸ること。
駅から真直ぐ、大通りの歩行者をすり抜けて左に曲がると、アトリエに着いた。何度も頭の中でシュミレーションしていたので、迷うことなしだ。

さて次はいよいよノートルダム大聖堂に。しっかり拝観料を取られたが、二枚の絵の前で放心状態。どっちが十字架降下で、昇架なのか混乱・・・・

さてその後は、旧市街の路地を彷徨って辿りついた、レストラン「ヴァン・ダイク」。その趣味は無いが、美青年でも有名だった画家の名前。

確か鴨の料理を食べたはずだったが、味覚は完全に先程の感動に押し込められて、いまだに思い出せない。

余韻を味わうとは、このことだったのでしょうか。
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# by cantare-so | 2005-01-31 11:42 | フレンチ